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司馬遼太郎で学ぶ日本史

養老孟司氏によると、日本人は戦争で目に見えない「思想」に痛めつけられた。神州不滅、七生報国といった思想をさんざん吹き込まれ、酷い目にあった。

だから、目に見える即物的なものを強く信じる合理的な世代が生じて、高度経済成長のときに一気に物質文明に向かった。

最初は理想があるけれども、だんだん老化して、おかしなことを行い始める。その変質を歴史の動態、ダイナミズムとして表現している。

徳川家の井伊の赤備えは武士世界の頂点にあったが、第二次長州征伐で近代的な西洋式の銃の前に大敗。戦国の武者行列が射程500メートルのミニエー銃の前に進んでいっても、合理的な西洋式の軍隊に勝てるわけがない。

陸軍がその誕生時には持っていたはずの合理性はどこへ行ったのか。

  • 信長 → 秀吉 → 徳川
  • 松陰 → 高杉 → 大村 → 山県
  • 合理主義
  • 無私の精神
  • 自分を勘定に入れない客観性

客観性は、一面で共感性や情緒の欠如をもたらす。いびつな人間といえるが、そのような人物でなくして合理性を失った日本社会を変革させることはできない。

国を誤らせない、集団を誤らせない、個人を不幸にしない。

対極にあるのは:

  • 過去からの伝統にとらわれて一歩も出られない人物や組織
  • 合理主義とは相容れない偏狭な思想にかぶれて、仲間内だけでしか通用しない異常な行動を平気で取ってしまう人や集団

思想で純粋培養された人ではなく、合理主義と使命感を持ち、無私の姿勢で組織を引っ張ることのできる人物。

  • 自分は技術を持っていなくても何がこれから必要かわかっていた
  • 優れた技術者であれば身分など問わずに登用する
  • 周囲の人間がどんなに文句を言ってきても、自分が登用した人物を最後まで守り通す

政府に何とかしてもらって景気が良くなるといいな、とならず、せめて自分がかかわるモノづくりでは毎年成長させよう。この精神こそが明治の強さ。

自分が一日休むと日本の海軍は一日遅れる — 秋山真之

一身独立して一国独立す — 福沢諭吉

どんな武器を渡されても、それで戦うのが軍人の本分。しかし秋山は兵器の優劣が戦争の結果を左右するという合理的な現実も付け加えている。

「どんな兵器でも死ぬ気で戦います」という人がリアリズムをもって戦えば、戦争は勝てる公算が高くなる。しかし「死んでも戦います」という人がリアリズムを失ってしまったら、それは「自殺」になる。

公共心が高い人間が、自分の私利私欲ではないものに向かって合理主義とリアリズムを発揮したときに、すさまじいことを日本人は成し遂げる。

逆に、公共心だけの人間がリアリズムを失ったとき、行きつく先はテロリズムや自殺にしかならない。

ナショナリズムとパトリオティズム

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愛国心と愛国者は、もっと高い次元のもの。自分の家をよくするだけではなく、周りの人たちのお世話までできる家にする。

その高い次元の真の愛国心を持った人が支配層にいる間はまだしも、そうではなくなったときに国は誤りを犯す。

誰もが求めるのは、良い環境、良い報酬、良い仲間との仕事を通して己も成長していることを実感すること。

まずは即物的合理性が必要ではないか。